アブダビの自治体交通局(Department of Municipalities and Transport、以下DMT)は2026年9月29日、政府が保有する土地と建物への投資機会を1か所にまとめた窓口を、アブダビ政府の電子サービスTAMMの中に開いたと発表しました。発表の中で示されている名称は「Government Assets Investment Opportunities(政府資産の投資機会)」です。
先に、いちばん誤解されやすい点を書きます。これは、日本に住む個人がアブダビでマンションやヴィラを買うための窓口ではありません。発表が扱っているのは政府が持っている資産で、契約の形として挙げられているのはムサタハと賃貸借です。売買ではありません。投資区域で住戸を取得する制度について、この発表は何も述べていません。
それでも読む価値がある理由は3つあります。ひとつは、アブダビ政府が投資の受け入れをどの単位で整理しようとしているのかが、政府自身の言葉で分かること。ふたつめは、この発表に「ムサタハ」という言葉が出てくることで、個人の取得でも出てくる同じ用語が、まったく違う場面でも使われていると確かめられること。そして3つめは、この発表が何を書いていないかが、はっきりしていることです。参加できる人の要件も、手数料も、掲載されている資産の件数も、発表には出てきません。
この記事では、発表の中身、示された6つの段階、ムサタハという言葉の位置づけ、過去に同じ仕組みで行われた入札の記録、発表の場となった催し、そして日本の読者にとって何が変わらないのかを、順に並べます。政府の公表資料に書かれていない項目は、推測で埋めずに、書かれていないと示します。
TAMMの中に、政府資産の投資機会をまとめた窓口ができました
発表によると、この窓口は投資家が政府の土地と建物にまたがる機会を探せるようにするもので、発見から契約までの各段階を、透明で一貫した枠組みの中でたどれるように設計されています。DMTは、政府の土地と建物が提示され、次の段階へ進められる方法における重要な前進だと説明しています。
発表が機能として挙げているものは、大きく分けて4つあります。ひとつは、投資家の属性や関心に合う資産を提示する、人工知能を用いた個別化。ひとつは、近くの公園、公共施設、バス停といった周辺の環境を示す、位置情報にもとづく情報。ひとつは、標準化された契約書のひな形と、土地の価格を決める仕組み。そして、参加の要件と投資家の承認の流れが定められていることです。ムサタハと賃貸借の両方の取り決めに対応すると書かれています。
DMTの財務担当ディレクタージェネラルであるNasser Saleh Farah氏は、規制上の明確さ、標準化された枠組み、そしてつながりのあるデジタルの体験を1つにまとめることで、持続的な価値を生む事業へ参加するための条件がより明確になる、と述べています。発表は、この取り組みがアブダビの経済の多角化と住みやすさへの取り組みを反映するものであり、開発の優先課題と民間の能力を結びつけるものだとしています。
ここで区別しておきたいのは、窓口が新しくなったという話と、投資できる範囲が広がったという話は別だということです。発表には、対象となる資産が増えたとも、新しい種類の権利が使えるようになったとも書かれていません。書かれているのは、探す・申し込む・選ばれる・契約する、という一連の流れをTAMMの中で1つにまとめた、という点です。当サイトが確認した時点で、TAMM上の該当サービスの個別ページのURLは見つけられませんでした。発表がTAMMから利用できると述べているところまでが、いま確かめられる範囲です。
| 発表が挙げている機能 | 発表での説明 |
|---|---|
| 人工知能による個別化 | 投資家の属性と関心に合う資産を提示する |
| 位置情報にもとづく情報 | 公園、公共施設、バス停など周辺の環境を示す |
| 標準化された契約書 | ひな形と、土地の価格を決める仕組みを備える |
| 参加の要件と承認 | 参加の要件と、投資家を承認する流れが定められている |
| 契約の形 | ムサタハと賃貸借の両方の取り決めに対応する |
6つの段階は示されましたが、進むための条件は示されていません
発表は、この窓口がたどる段階として、発見(discovery)、意向表明(expressions of interest)、入札(bidding)、投資家の選定(investor selection)、授与(award)、契約(contracting)の6つを順に挙げています。ひとつの資産について、見つけてから契約に至るまでを同じ場所で進められる、という設計の説明です。
段階の名前が並んでいると、手順が公開されたように見えます。実際には、各段階を通過するために何が要るのかは、どこにも書かれていません。意向表明に何を添えるのか、入札の評価はどの基準で行われるのか、選定から授与までにどれくらいかかるのか、手数料はいくらか。発表はそのいずれにも触れていません。段階の名前は、手続きの地図ではなく、目次にあたるものだと考えてください。
投資を検討する立場から見ると、この差は小さくありません。資金計画を立てるには、申し込みから契約までの期間と、その間に必要な支出が分からなければ話が始まらないからです。発表の時点で分かるのは、問い合わせの入口がTAMMに一本化されたということまでです。
「ムサタハ」という言葉が、ここでも出てきます
発表が契約の形として挙げているムサタハ(Musataha)は、日本の読者には聞き慣れない言葉ですが、アブダビの不動産では中心的な用語のひとつです。UAE政府のポータルは、投資区域で外国人が取得できる区分のひとつとしてムサタハを挙げ、期間は50年で、当事者の合意により同じ期間だけ更新できると説明しています。建築や改変ができる点が、使用と収益にとどまる用益(Usufruct)との違いです。
つまり、同じムサタハという言葉が、個人が投資区域で住宅を取得する場面と、事業者が政府の土地に施設を建てて運営する場面の、両方で使われています。権利の性質としては同じ系統のものですが、相手方も、対象も、手続きも違います。今回の発表で相手方になるのは政府です。個人が投資区域で取得する場合の4つの区分については、アブダビで外国人が取得できる権利の種類で扱っています。年数の長さが優劣を意味しないという話も、そちらに書いています。
5年前の入札の記録から、この経路の実際が見えます
今回の発表には具体的な案件が出てきませんが、同じムサタハの入札を政府が行った記録は公表されています。アブダビ政府メディアオフィスは2021年7月8日、アブダビ投資事務所(ADIO)とDMTが、アブダビとアル・アインにまたがる12のコミュニティマーケットの開発をムサタハの入札で進めると発表しました。そのうち3件はすでに授与され、2件が公募中、残る7件は2021年7月から2022年末にかけて順次出すとされていました。
この発表には、投資家が判断に使える具体的な条件が書かれています。公募中の2件は、ヤス島とアル・アーメラのコミュニティマーケットでした。ヤス島の案件は延べ床面積5,675平方メートル、敷地面積22,136平方メートル、提携の期間は32年で、6,000人を超える住民に向けたものとされています。アル・アーメラの案件は延べ床面積3,566平方メートル、敷地面積2,377平方メートル、提携の期間は31年で、5,000人を超える住民に向けたものです。ムサタハの取り決めにより、投資家が政府の土地の上に資産を設計し、建設し、定められた長期の期間にわたって運営できる、と説明されています。
| 2021年に公募された2件 | ヤス島 | アル・アーメラ |
|---|---|---|
| 延べ床面積 | 5,675平方メートル | 3,566平方メートル |
| 敷地面積 | 22,136平方メートル | 2,377平方メートル |
| 提携の期間 | 32年 | 31年 |
| 想定する住民 | 6,000人超 | 5,000人超 |
そして、いちばん重要な一行があります。この2件の公募に参加できるのは、UAE国民が100パーセント所有する企業だと書かれています。日本の個人はもちろん、外国資本の入った企業も、この2件については対象ではありませんでした。
ここは慎重に読んでください。これは2021年のこの2件についての記載であって、今回のポータルに掲載される案件の条件ではありません。今回の発表には参加資格が書かれていないため、同じ条件が付くのか、案件ごとに違うのかを、当サイトは確かめられていません。ただし、政府の資産を扱う入札に国籍や出資の要件が付いた前例があることは、この記録から読み取れます。関心があるなら、案件ごとの募集要項でそこを最初に確かめてください。法人としてアブダビに関わる場合の許認可の前提はアブダビでの会社設立にまとめています。
発表の場となったLIVEXは、政府が主催する催しです
今回の窓口は、LIVEX 2026という催しの中で公表されました。DMTは2026年6月5日の発表で、この催しを自らが主催すると説明しています。会場はADNEC Centre Abu Dhabi、会期は2026年9月29日から10月1日までです。分野として挙がっているのは不動産、移動、医療、教育、文化、技術、持続可能性で、不動産だけの催しではありません。
規模については、20,000人を超える来場、75を超える出展者、50を超える国からの参加が見込まれると書かれています。これは見込みであって、実績ではありません。開催中の実際の数字は、当サイトが確認した時点では公表されていません。この発表では、DMT会長のMohamed Ali Al Shorafa氏と、アブダビ不動産センター(ADREC)のディレクタージェネラルであるEng. Rashed Al Omaira氏が、それぞれ発言を寄せています。
催しの場で公表された、という事実の扱いにも注意がいります。投資を呼び込むために開かれた場では、伸びた指標と新しい取り組みが並び、うまくいかなかったことは出てきません。出ている数字が正しいことと、出ていない数字が無いことは別です。制度そのものの動きは不動産政策・規制に、取引の実績はアブダビの取引データにまとめています。
発表に書かれていないこと
推測で埋めずに、そのまま並べます。
| 項目 | 発表での扱い |
|---|---|
| 参加できる人の国籍・出資の要件 | 書かれていません |
| 掲載されている資産の件数 | 書かれていません |
| 手数料と、価格を決める具体的な計算式 | 書かれていません。仕組みがあるとだけ書かれています |
| 各段階にかかる期間 | 書かれていません |
| ムサタハと賃貸借それぞれの年数 | 書かれていません |
| TAMM上の該当サービスの個別ページ | 当サイトは確認できていません |
| 個人が住戸を買う制度への影響 | 書かれていません。この発表の対象ではありません |
最後の行が、日本の読者にとっていちばん実用的な一行です。今回の発表によって、投資区域での住戸の取得に関する手続きや条件が変わったという記載は、どこにもありません。この窓口ができたことを理由に、住宅の購入を急ぐ理由はありません。当社は、アブダビの不動産について値上がりも、賃料収入も、利回りも保証しません。
出典の層を混ぜないでください
この記事に書いた内容は、すべて政府機関そのものの公表資料から取っています。アブダビ政府メディアオフィスの発表3件と、UAE政府のポータルです。同じ話は民間の不動産サイトやニュース媒体にも載りますが、それらは政府の発表を要約したものか、独自の解釈を加えたものです。要約の過程で「投資家向けに開放」といった言い方になると、誰が対象なのかが消えます。消えた条件は、あとから自分で拾い直すしかありません。
当サイトは、この窓口について参加の要件、対象となる資産の件数、手数料のいずれかが公表された時点で、この記事を更新します。案件ごとの募集要項が出た場合も同じです。読者が同じ手順で一次情報にたどり着けることを、この記事の基準にしています。