転出届の用紙には、転出の予定年月日を書く欄があります。ドバイへ移る準備のなかでは地味な1行ですが、ここに書いた日付が、国民健康保険の資格が切れる日と、国民年金の種別が変わるかどうかを同時に決めます。しかも、同じ転出届を出しても何も変わらない制度があります。健康保険と、国民年金の第2号被保険者です。
分かれ目は、はっきりしています。条文が「日本国内に住所を有する」ことを要件に書いている制度だけが、転出で要件を満たさなくなります。「適用事業所に使用される者」「厚生年金保険の被保険者」と書いてある制度は、住所がどこへ移っても要件のままです。移住の案内を読んでいて「人によって書いてあることが違う」と感じるのは、たいていこの違いが説明されていないためです。
この記事は、手続きの一覧を並べるものではありません。転出予定日という1つの日付が何を決めてしまうのかを、条文の要件から見分けられるようにすることだけを目的にしています。あわせて、ドバイ側の居住許可がいつから始まるのかを公的機関の案内で確かめ、2つの日付のあいだに何が起きるのかを見ます。確認日は2026年11月5日です。手続き全体の層の分け方はドバイ移住の基礎、この分野の入口はドバイ移住にあります。
条文の要件を3つに分けると、迷いません
まず全体を分けます。転出届で扱いが変わるものを、条文が何を要件にしているかで3列に置き直したものが下の図です。左が切れるもの、中が転出届の窓口でしか決められないもの、右が住所を要件にしていないものです。
転出届そのものの根拠は住民基本台帳法第24条です。条文は「転出をする者は、あらかじめ、その氏名、転出先及び転出の予定年月日を市町村長に届け出なければならない」と書いています。注目したいのは「あらかじめ」で、届け出るのは出国の後ではありません。いっぽうで、何日前から受け付けるかは条文に書かれていません。この点だけは、住所地の市区町村の案内で確かめる必要があります。
転出の翌日に切れるもの
国民健康保険法第8条第1項は、資格を失う日をはっきり書いています。都道府県等が行う国民健康保険の被保険者は、「都道府県の区域内に住所を有しなくなつた日の翌日」から資格を喪失する、という書き方です。同じ項にはただし書きがあり、住所を有しなくなった日に他の都道府県の区域内に住所を有するに至ったときは、その日から喪失するとされています。国内の引っ越しなら切れ目が生じない仕組みで、国外へ出る場合はこのただし書きが働きません。
国民年金は、要件の側に住所が書かれています。国民年金法第7条第1項第1号の第1号被保険者は「日本国内に住所を有する二十歳以上六十歳未満の者」であって第2号・第3号のいずれにも該当しないものです。住所が国外へ移れば、この要件から外れます。日本年金機構は、そうなった人について日本国籍があれば任意加入できると案内しています。対象は外国に居住する日本人で20歳以上65歳未満、提出書類は「国民年金被保険者関係届書(申出書)」、保険料は国内の協力者が本人の代わりに納める方法と、日本国内に開設している預貯金口座から引き落とす方法が示されています。加入するかどうかは本人の判断で、当サイトは勧めも止めもしません。
窓口は、転出の前か後かで変わります。これから海外に転出する人は住所地の市区町村の窓口、すでに海外に居住していて国内協力者がいる人は日本における最後の住所地を管轄する市区町村の窓口、国内協力者がいない場合は最後の住所地を管轄する年金事務所(日本に住んだことがない人は千代田年金事務所)です。出国前なら、転出届と同じ窓口で済みます。
| 制度 | 根拠の条文 | 条文が書いている要件 | 転出予定日との関係 |
|---|---|---|---|
| 国民健康保険の被保険者資格 | 国民健康保険法 第8条第1項 | 都道府県の区域内に住所を有すること | 住所を有しなくなつた日の翌日に喪失 |
| 国民年金の第1号被保険者 | 国民年金法 第7条第1項第1号 | 日本国内に住所を有する20歳以上60歳未満の者 | 住所が国外へ移れば要件から外れる |
| 健康保険の被保険者 | 健康保険法 第3条第1項 | 適用事業所に使用される者及び任意継続被保険者 | 住所は要件に出てこない |
| 国民年金の第2号被保険者 | 国民年金法 第7条第1項第2号 | 厚生年金保険の被保険者 | 住所は要件に出てこない |
| 個人住民税の賦課期日 | 地方税法 第三百十八条 | 当該年度の初日の属する年の1月1日 | 1月1日に日本の住所があるかで変わる |
| 在留届 | 旅券法 第16条 | 外国に住所又は居所を定めて三月以上滞在すること | 外国に住所を定めてから対象になる |
会社に使用されたままなら、切れません
健康保険法第3条第1項は、被保険者を「適用事業所に使用される者及び任意継続被保険者」と定めています。住所という語がありません。日本の会社に使用されたままドバイで働く場合、転出届を出しても、この要件は変わらないという読み方になります。
このとき国民健康保険の話は、そもそも出てきません。国民健康保険法第6条第1号が、健康保険法の規定による被保険者を国民健康保険の被保険者としないと定めているためです。つまり、会社の健康保険に入っている人は国保の被保険者ではないので、第8条の資格喪失も関係しません。「転出すると健康保険が切れる」という説明は、国民健康保険のことを指しています。両方を同じ言葉で読むと、必要のない手続きを探すことになります。
国民年金も同じ形です。第7条第1項第2号の第2号被保険者は「厚生年金保険の被保険者」の一文だけで、住所の条件がありません。会社に在籍したまま移る人は、第1号から外れる話も任意加入の話も出てきません。
マイナンバーカードは、その窓口でしか手続きできません
転出届を出す日に決まってしまうものが、もう1つあります。マイナンバーカードです。デジタル庁の案内は、日本国籍を持つ人について、通知カードの返納は必要になるものの、手続をとることで引き続き国外でもマイナンバーカードを利用できるとしています。そのうえで、方法をこう書いています。「出国前に、住所地の市区町村で転出届とあわせて、国内で利用しているマイナンバーカードを窓口に提出して国外継続利用の手続を行ってください」。
この継続利用は2024年5月27日に始まりました。デジタル庁は、改正法の施行日を定める政令が閣議決定されたことを公表し、同日からマイナンバーカードが国外で継続して利用できるようになること、在外公館でカードの申請と受け取りができるようになることを示しています。
実務として大事なのは、この手続きが転出届と同じ窓口でしかできないという点です。転出届を郵送や電子で済ませてしまうと、カードを窓口に出す機会がなくなります。手続きのために市区町村へ行く日が決まったら、その日にカードを持って行くかどうかを先に決めてください。ドバイで銀行口座を開くときに日本側の書類が要るかどうかはドバイ・UAEの銀行口座で扱っています。
1月1日をまたぐかどうかで、翌年度が変わります
日付の話をもう1段進めます。地方税法第三百十八条は、「個人の市町村民税の賦課期日は、当該年度の初日の属する年の一月一日とする」と定めています。期日が1日に固定されているので、転出と出国が年をまたぐかどうかで翌年度の扱いが変わります。
ただし、出国した年度の分は消えません。その年の1月1日には日本に住所があったからです。残っている分をどう納めるか、納期限がいつかは市区町村から通知されるため、この記事では金額も期限も書きません。転出届を出すときに、残りの納め方を同じ窓口で確かめておくのが確実です。
出国日を税だけで決められることは、まずありません。仕事の開始日や居住許可の段取りで決まるのが普通です。それでも、年末の数日の差で翌年度の扱いが変わることは、日程を詰める前に知っておく価値があります。生活費の見積もりそのものはドバイの生活費にまとめています。
所得税の区分が変わる時期は、住民票とは別に決まります
転出届は住民基本台帳の手続きで、所得税の居住区分を決める手続きではありません。国税庁は、国外に1年以上の予定で転勤・出向する人について、国外における在留期間があらかじめ1年未満であることが明らかな場合を除いて、原則として所得税法上の非居住者と推定されると案内しています。そして、年の中途で海外転勤する場合は、居住者としての最後の給与支給の際に年末調整によって源泉徴収された所得税などを精算する必要があるとしています。扶養親族の判定は出国の時の現況で行うとも書かれています。
確定申告などが必要な人には、もう1つ手続きがあります。国税庁は、非居住者が確定申告書の提出、税務署等からの書類の受け取り、税金の納付や還付金の受け取りなど国税に関する事項を処理する必要があるときは納税管理人を定める必要があるとしています。届出書の名称は「所得税・消費税の納税管理人の選任・解任届出書」で、提出先は非居住者の納税地を所轄する税務署長です。
生活の本拠をどう判定するか、ドバイに不動産を持つ場合に何を記録しておくかはドバイ不動産と日本の税金で扱っています。この記事では、個別の人の居住区分を判断しません。
ドバイ側は、入国してからしか始まりません
ここまでが日本側です。問題は、ドバイ側の居住許可が入国してからしか進まないことです。UAE政府ポータルは、在留ビザの一般規定として、18歳以上の申請者が医学的に適格であることを示す健康診断を受けること、保安上の確認を通ること、連邦の機関に対してEmirates IDカードを申請することを挙げています。健康診断は現地で受けるものなので、入国より前には終わりません。
ドバイの窓口は連邦の機関ではなくGDRFA(ドバイ入国・外国人居住局)です。GDRFAの「民間部門の居住許可の発行」のサービスページには、必要書類として旅券の写し、白背景の最近の写真、18歳を超える人について関係当局が承認した適切な健康診断が並び、処理期間は48時間、居住許可は2年で同じ期間の更新ができる、と書かれています。手数料は項目ごとに分かれています。
| 手数料の項目 | 金額 |
|---|---|
| 居住許可(Residence permit) | AED 200 |
| Knowledge Dirham | AED 10 |
| Innovation Dirham | AED 10 |
| 国内での申請(In-country fee) | AED 500 |
| 配送(Delivery) | AED 20 |
同じページは、居住許可が2年を超える場合に発行手数料が年あたりAED 100ずつ増えること、居住許可の期限が切れた後や取り消された後に国内に滞在できる猶予期間が60日であることも書いています。金額はAEDの公表値そのままで、円には換算していません。為替で変わる数字を混ぜると、公表値と見分けられなくなるためです。
Emirates IDについては、UAE政府ポータルが、すべてのUAE国民と居住者に申請が義務づけられ、常に携帯することが法律上の要件であるとしています。更新は期限の最大6か月前から、または期限後にもできますが、期限から1か月を超えて更新した場合は1日あたりAED 20、上限AED 1,000の延滞料がかかると書かれています。カードは認可された配送業者を通じて届きます。
健康診断の中身は、首長国によって違います
同じUAEでも、検査の内容が一律ではありません。UAE政府ポータルの「在留ビザの健康要件」のページは、外国籍の人がHIVや結核などあらゆる形の感染症を有していないことを求めたうえで、アブダビでは肺結核を見つけるために胸部X線検査を行うが、ドバイでは通常これを行わないと書いています。ドバイ向けの案内として、ここは押さえておく価値があります。
職種によって追加の検査があることも書かれています。保育施設の従業員、家事労働者(住み込みの家政婦、ベビーシッター、運転手を含む)、食品を扱う人とレストラン・カフェの従業員、美容室や美容センターの従業員、健康クラブの従業員は、梅毒とB型肝炎が陰性であることが求められ、女性の家事労働者は妊娠検査が陰性であることも求められます。
結核が見つかった場合の扱いも書かれています。結核の瘢痕、活動性の結核、薬剤耐性の結核がある人には条件付きの適格証明書と1年の居住ビザが出され、UAEで治療を受けることが求められるとされています。陽性なら必ず入れないという書き方ではありません。いっぽうで、らい病については新規申請時と更新時に検査が行われ、陽性の場合は居住が認められないか更新されないと書かれています。
ドバイで医療保険に加入する義務は、連邦ではなくドバイ首長国の決まりです。誰が加入させ、誰が費用を負担するのかはドバイの医療保険で整理しています。
住所が決まってから出す届出
日本側には、最後に1つだけ、住所が決まってからでないと出せない届出があります。在留届です。旅券法第16条は、「旅券の名義人で外国に住所又は居所を定めて三月以上滞在するもの」は、外務省令で定めるところにより、当該地域に係る領事官に届け出なければならないと定めています。出国前には出せません。転出届が「住所を抜く」手続きで、在留届が「住所を定めた」届出である、という対の関係です。
この届出が何に使われているかは、ドバイの在留邦人数で扱っています。在留邦人数の統計は在留届を基礎資料にしているため、届出をしていない人は数に入りません。賃貸契約の更新や賃料の通知に関わる期限はドバイの賃貸契約の更新通知にまとめています。
公表資料で確かめられなかったこと
埋めずに並べます。ここに挙げたものは「決まりが存在しない」という意味ではなく、今回参照した公表資料では確かめられなかったという意味です。
| 公表資料で確かめられたこと | 公表資料に書かれていないこと |
|---|---|
| 転出届は「あらかじめ」届け出る(住民基本台帳法 第24条) | 何日前から受け付けるか(市区町村ごとの案内による) |
| 国民健康保険は転出の翌日に資格を失う(同法 第8条第1項) | 保険証の返却方法と、資格の確認書類の扱い |
| 国民年金は任意加入できる(日本年金機構) | 任意加入をやめるときの手続きの所要日数 |
| ドバイの居住許可の処理期間は48時間(GDRFA) | 入国から居住許可の申請までに認められる日数 |
| 18歳以上は健康診断を受ける(UAE政府ポータル) | ドバイで受診できる施設、予約から結果までの日数、料金 |
| 期限切れ後の猶予期間は60日(GDRFA) | 居住許可の発行前に長期の賃貸契約を結べるかどうか |
| Emirates IDは常時携帯が法律上の要件(UAE政府ポータル) | 申請から受け取りまでの標準的な日数 |
当サイトは法律事務所でも税理士事務所でもなく、個別の手続きについて助言を行いません。条文の要件に当てはまるかどうかで結論が分かれる場面では、市区町村の窓口、年金事務所、税務署、ドバイの資格を持つ専門家に当たってください。この記事の役目は、相談する前に自分で並べられる事実を並べておくことです。
決める順番は、日付より先に区分です
最初に決めるのは転出の予定年月日ではありません。自分が健康保険法第3条の「適用事業所に使用される者」に当たるかどうかです。ここが決まると、切れる制度と続く制度が分かれ、窓口で聞くことが絞られます。会社に使用されたまま移る人には、国民健康保険の資格喪失も、国民年金の任意加入も、そもそも出てきません。
区分が決まってから、転出の予定年月日を置きます。この日付が、国民健康保険の資格が切れる日(その翌日)を決め、1月1日をまたぐかどうかで翌年度の住民税の扱いを決めます。市区町村へ行く日には、マイナンバーカードを持って行くかどうかも決めておいてください。国外継続利用の手続きは、転出届と同じ窓口でしかできません。ドバイ側の居住許可は入国してからでないと始まらないので、日本にいるあいだに決められることは、日本にいるあいだに決めておくほうが確実です。